れい@未熟なパパさん新聞

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教員採用試験に落ち続けて思ったこと。

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僕は今まで教員採用試験を6回ほど受けてきた。

 

 

しかし、いまだ最後まで合格したことはない。

 

 

1次試験で落ちることもあれば、2次試験で落ちることもある。

 

 

その年年によって違っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は小さいころから

 

あらゆることを人並み以上にはできた。

 

 

決して起用ではないが、プライドが高く、人には負けたくないといつも思っていた。

 

 

だから誰も知らないところで練習するのだ。

 

 

勉強するのだ。

 

 

そして何食わぬ顔でしれっとうまくやって見せる。

 

 

するとみんなは僕のことを何でもできる人だと勘違いする。

 

 

ぼくはこの陰の努力を人には見せない。

 

 

それは

 

 

僕は何でもできる人だと思われたかったからだ。

 

 

 

いまだに小学校や中学校の頃の友達に会うと、こんなことを言われる。

 

 

 

「お前はセンスだけでここまでやってきたもんな」

 

 

「努力もなしに苦労もせずに楽出来ていいよな」

 

 

こんなことを言われる。

 

 

この友人たちは知らないのだ。

 

 

僕が不器用を隠し、器用を演じていることを。

 

 

勉強も部活も恋愛も

 

 

人並み以上にはできる。

 

 

そして何をやっても

 

人並み以上にはできる自信がある。

 

 

 

 

不得意なものはない。

 

 

 

なぜなら、裏付けされた練習と、そこに割いた時間があるからだ。

 

 

 

友達と新しいゲームをするときは一人で前もって練習し、

 

 

新しいスポーツをするときは、動画などを見ながら練習してみる。

 

 

 

勉強でも、予習をしたりして対策をする。

 

 

 

そう、僕は天才になりたいのかもしれない。

 

 

 

こんな性格の僕だが

 

 

一つの事実に気が付いた。

 

 

それは

 

 

時間を割いて、それなりに練習すれば、なんだって人並み以上にはなれるということだ。

 

 

これを知ったときに大きな自信となった。

 

 

僕は何をするにも、ある程度時間をかけたら、何でもできる。

 

 

そういった意味では本当にセンスがあると思った。

 

 

 

 

どんなに困難でも、苦しくても、努力をしてきた。

 

 

そしてその結果がちゃんと反映されてきた。

 

 

 

努力しても、結果が出ない人に対して

 

 

努力が足りないだけと思い、センスがない人だと思い、

 

 

自分がそのマ反対に入れることに喜びを感じていた。

 

 

 

 

 

 

しかし、教員採用試験に出くわした。

 

 

 

対策をめちゃくちゃ立てた、

 

 

時間も相当かけた。

 

 

受験者の中では1番じゃないかというくらい

 

時間をかけまくった。

 

 

 

得意の努力である。

 

 

 

トップ合格を目標に図書館にこもり

 

 

ひたすら勉強した。

 

 

 

きちんとした情報も集め、合格に向かって、最短距離で最短効率を描いていった。

 

 

そして、模擬授業や面接なども練習した。

 

イメトレも欠かさずした。

 

 

聞かれそうな質問をノートにすべて書いて、それに対する回答をすべて書いて、頭に叩き込んだ。

 

ノート1冊分まるまる面接の質疑応答になったが

 

覚えまくった。

 

 

模擬授業対策では

 

全ての分野で

 

授業をつくった。

 

 

準備は万全だった。

 

どこを聞かれても最高のパフォーマンスができるくらいには磨きをかけた。

 

 

 

 

しかし、結果は不合格。

 

 

 

 

それも6回も。

 

 

 

 

毎年毎年、反省し、修復し、改善してきたが、だめだった。

 

 

 

僕はその時に知ってしまった。

 

 

 

 

努力しても届かないことがあるんだなと。

 

 

 

 

今まで、努力さえすれば何でもできていた自分が

 

 

はじめて、努力ではどうにもならない世界があることを知った。

 

 

そこには運や調子などもあるのかもしれない。

 

 

僕はそれを知ったときにひどく絶望した。

 

 

僕は今まで努力で何とかなる世界しか知らないのだと。

 

 

努力ではどうにもならない世界が自分の知らないところでは

いっぱいあるのかもしれないと思った。

 

 

一気に怖くなった。

 

 

 

 

 

 

それからしばらくたって、ならば努力でどうにかなる、自分の得意な分野に身を投じようと思った。

 

 

 

教員採用試験もやめた。

 

 

それを聞くと、逃げたと思うかもしれないが

 

 

別のレースに変えただけだ。

 

 

教員採用試験のレースは僕には合わなかっただけ、

 

だから、そこに時間をかけるよりも

 

 

自分に合ったレースに切り替えて走ることに決めた。

 

 

短距離走が合わなかったら、長距離走に変えればいいだけ。

 

 

僕はレースをやめたわけではない。

 

 

ただ、種目を変えただけだ。

 

 

また違うと思ったら、別のレースにいくさ。

 

 

 

その潔さのセンスを最後に自分に感じられてよかった。

 

 

 

しがみつくことはいいことだけではない。

 

 

それは美しいことかもしれないが

 

 

時間を無駄にすることと同義かもしれない。

 

 

 

僕は今日もまた、自分なりのレースを走っていこう。

 

 

 

レースのお話は下の

「あやうく一生懸命生きるとこだった」という本に書いてあるので是非お勧めです。

 

 

自己肯定感が保たれます。