れい@未熟なパパさん新聞

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教員として「だめなものはだめ」を押し通す勇気が必要。

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「だめなものはだめ」

 

 

この言葉を小さいころよく両親に言われた。

 

 

僕がとてもわがままだったからであろう。

 

 

当時は説明が面倒くさいから逃げているだけかと思っていた。

 

 

だめなことは分かったから、その理由を教えてくれと思った。

誰に迷惑をかけて、どんな損があったかをちゃんとせつめいしてほしかった。

 

しかし「だめなものはだめ」という言葉で一蹴されてしまった。

 

 

この世には絶対的な規則があり、それはどんな事情があろうと変わりはしない。

 

 

どんなにかわいそうだとしてもそれは覆られない圧倒的な力の持つ定めがあるような気になった。

 

 

 

それをおかしいと思っていた。

 

 

自分には人の優しさが残っているのだと思った。

 

 

 

しかし

 

 

 

 

 

それはまったく違ったのだ。

 

 

 

 

 

教員をしていたころ、ある生徒が校則を破った。

 

 

身だしなみに関することだが、しっかり校則違反となる格好をしてきたのだ。

 

 

そこで担任の先生が面談することになった。

 

 

 

その先生と校則違反生徒のやり取りを聞いて、

 

「だめなものはだめ」の

 

本当の意味を知った。

 

 

 

 

 

その生徒は校則から抜け道を探し、屁理屈という武器で応戦してきた。

 

 

担任の先生は2年目の若い先生だ。

 

 

 

開始早々すでに押され気味だ。

 

 

なんならもともと戦う気などないみたいだ。

 

 

 

終始優しい声掛けで生徒の声や意見に耳を傾けている。

 

 

 

これが果たして正解なのか?

 

 

僕の中で疑問が浮かんだ。

 

 

もっとしっかり指導をするべきではないか。

 

 

 

面談終わりにその担任の先生にそのことを告げた。

 

 

 

 

するとこう返された。

 

 

「校則違反をしたんですが、その裏にある事情によると思うんです」

「誰かに脅されてせざる負えなかったとか」

 

 

ぼくはそれを聞いたとき、この人は何を言っているんだろうとおもった。

 

 

 

どんな事情だろうと

 

校則を破ったことはいけないことだからそれはしっかり指導するべきだと。

 

背景が何にしろ、いけないことをしているのは事実。

 

 

つまり

「だめなものはだめ」である。

 

 

 

そして、そのあとにその裏側の背景を探るべきだと思った。

 

 

 

 

校則違反とその裏側の心理は

 

別問題としてわけて考えるべきだと思った。

 

 

たとえば

 

 

人殺しをしたとして、その人にとてもかわいそうな事情があればそれが許されるのか?

 

 

 

そうではないだろう。

 

 

 

たしかに、かわいそうな過去やそうせざる負えなかった事情があったとしても

 

 

罪は罪だ。

 

 

 

それは罰せられなければならない。

 

 

 

そのあとに背景を見ていかなければならないのではないかと思った。

 

 

 

 

「だめなものはだめ」

 

 

この言葉はだめな理由を説明するのが面倒くさいから使っていた言葉ではなく

 

 

「ルールの上に僕らは生きているのだから、自分のわがままだけではこの世界は生きていけないよ。」

 

「ルールの上で生きるのが嫌ならば、この世界で生きる資格はないのだ」

 

 

 

 

そう学ばせるのに一番効果的だと思う。

 

 

 

優しい言葉ではなく、現実を知るという意味もこの言葉には含まれているのだろう。

 

 

 

校則違反生徒に学ばせなければならないのは

 

 

「校則を守りなさい」ということだけではない

 

 

 

 

「社会はルールの上で成り立っている。このルールで生きていくためにそれを守る必要があること」

 

だと思う。

 

 

 

自分のルールではなく、社会のルールで生きていくこと、人様に迷惑がかからないようにそのルールが成り立っていることを

 

教えなければならないのだ。